プロフィール

はじめまして
ストレス連鎖フリーメソッド
保健師カウンセラー みらくです


子どもの頃から真面目に頑張り、『頑張っていればいつか幸せになれる』と信じていました。


しかし、どんなに頑張っても、心の中はむなしくて、周りの人が立派に見えて置いてきぼりをくらっている気持ちでした。


同級生は結婚して子どもを産み親になっているのに、私は親の言いなりで自立できない恥ずかしさや情けなさがありました。

空気を読んで自分のことより求められることを一生懸命、頑張ってきました。
でも・・・ちょっとしたことで褒められている人に、「なんで?」「どうして?」と悔しい気持ちが沸き起こっていました。

心の中ではモヤモヤしていても、表面的には笑顔で頑張っていました。
しかし、閉じ込めてきた気持ちがあふれ出たとき、大切な存在を傷つけてしまいました。

どうにもならず受けたカウンセリングで、自分がHSP気質のあるアダルトチルドレンだと知り、自分の気持ちを丁寧にケアすることを学び、やっと苦しいストレスから解放されました。

現在、保健師カウンセラーとして心とカラダを優しく、心地良く整えるストレス連鎖フリーメソッドを考案し提供しています。

「○○すべき」に縛られてイライラがあふれ出る心から優しくおだやかな日常を楽しめるようになったみらくの詳しいプロフィールを是非ご覧ください(*^_^*)

みらくのプロフィール

『頑張るのが当り前』になったのは

私は、一人娘として、真面目な父とテキパキした母の愛情をたくさん注がれ育ちました。

父には、「ちゃんとしなさい」「もっとやればできるはず」と言われていました。
母には、「人様に迷惑かけない」「ワガママ言わずに我慢しなさい」と言われていました。


私が頑張っていると、父も母も喜んでくれました。

もっと頑張らないとみんなについていけない

私は、不器用で理解するのに時間がかかる子でした。
焦って頑張るけどうまくいかないことが多かったです。

保育園では、お昼休みに友達が遊ぶ中、先生に付き添われてお弁当を食べさせられていました。

自転車に乗り始めると、友達について行こうと必死にこいで、転んでケガをしてました。

地下鉄に乗るときに、切符がうまく通せず、親に「早く!!」と急かされて、地下鉄に乗り遅れて怒られていました。

親が「どんくさい」と、ため息をつくたびに「どうして私はちゃんとできないんだろう・・・」と落ち込みました。

ポツンとなるのがイヤ・・・不安になる

親の仕事で、小学校を3回転校しました。
そのたびに「新しい学校に馴染めるかな・・・」「友達、できるかな・・・」「勉強についていけるかな・・・」と不安になりました。

親には「友達と仲良くしなさいよ」と言われました。

だけど、流行のテレビやゲームは、「くだらん!!」と見せてもらえませんでした。
学校では、わからないこともわかったふりして、会話について行こうと、みんなから嫌われないように必死でした。

私は聞き役。意見を言っても聞いてもらえない・・・

情報に疎いので、友達に教えてもらうことばかりです。
家でも、母の話を聞くことが多く、自分の話は積極的に出来ませんでした。

たまに、嬉しくなっておしゃべりすると「余計なこと言わない!」と怒られました。
聞いてほしいことがあっても、友達の方がすごい話だし、母の方が大変だから、私の話はつまらないし、我慢しなきゃと思うようになりました。

勇気を出して相談したことも「何バカなこと言ってんの!」と一喝され、怒られないように、様子を見ながら相手に合わせることが多くなりました。

頑張ったのに努力しても無駄だった

「良い大学に入らないと将来はない」「立派な大人になる為に頑張って勉強しなさい」という親の意見を聞いて頑張りましたが、受験した大学はすべて落ちました

「こんなにお金かけたのに・・・」と、私以上に落ち込む親の悲しむ顔をみると、胸が締めつけられました。

私が決めるより親が決めた通りにした方がいいんだ

高校受験の時も、大学受験の時も、私は、自分が将来何をしたいのか、どうしたいのかわかりませんでした。

自分で選んだ大学受験は全て失敗し、親に勧められた看護学校を目指しました。

看護師になれば食いっぱぐれもないし安心」という親の思いがありました。

看護学校では、初めて学校生活が楽しく感じて、看護師を目指す仲間と充実した日々が過ごせました。看護の道に進んでからは、親の態度も変わり、帰宅が遅くなっても怒らず「おつかれさん」と労ってくれるようになりました。

友達の幸せを喜べない・・・人としてダメだよね

社会人になって数年経つと、周りの同僚たちは次々と結婚し、産休・育休を取るようになりました。

笑顔で「おめでとう」と言いながら、心の中では「また仕事が増える」「忙しくなる」とため息をついていました。

子連れの同僚が「結婚はいいよ~」「自分の子は可愛いよ」「子育てって大変~」と言ってくると、行き遅れた疎外感劣等感がありました。

私このままでいいの?気持ちは焦るばかり

仕事に没頭して、ふと周りを見渡すと、私より年下のママ達ばかりでした。

『みんな結婚して子育てしてるのに、私は、働き続けるだけの人生でいいの・・・?』

こんなに頑張ってるのに、なんで私ばっかり苦労しなきゃいけないんだろう。
何のために働いてるんだろう。

そう考えることが増えていきました。

私は失敗作?・・・いらな依存だったのか

20代後半になると、母は「結婚なんかしないでバリバリ働くことが幸せ」「子どもなんて産むもんじゃない」「孫はいらない」と言うことが増えました。

『お母さんは、私を産んだことを後悔しているってこと?』

私が生まれたことで母を苦しめたのかもしれない。
私を育てることで、母は我慢ばかりしていて苦労したんだ。
私のせいで、母が不幸になってしまったんだ。

心がギュッと締め付けられました・・・。

自分の道を進もうとすると苦しい

『ただの看護師ではダメ』と親は私に言いました。
なので、保健師となれた時は、すごく喜んでくれました。しかし、自分の道を進もうと転職を決めたとき誰も喜びませんでした。

「なぜ、わざわざ田舎にいくの?」
「親を捨てて行く気なの?」

当時の彼も「オレとのことはどうするの?」と、否定的でした。

悲しさと悔しさと罪悪感で自分の決断に自信がを失いました。

頑張れ私!!奮い立たせて頑張れ

親の気持ちを踏みにじったことで、弱音を吐くことは許されないと思いました。

しっかり仕事して、ちゃんとした大人として認めてもらうように頑張らなきゃと気合いをいれました。
週末には実家に帰り、家の手伝いをしながら、親を悲しませないように、心配かけないように頑張りました。

結婚は裏切り?どうすればいいの・・・

35歳の時に結婚しました。
親には、「まだ早いのでは」「結婚しなくても幸せにはなれる」と言われました。

私は夫と一緒にいることで心が安心でき幸せを感じられたんです。

私が幸せを感じるのと反して、母は痩せてうつになり、私からの連絡をスルーするようになりました。

頑張ってもキリがない・・・無力感

親には定期的に会いに行き、親孝行しようと頑張りました。
職場でも、て頼まれたことは全部引き受けて笑顔で頑張りました。
友達にも、楽しんでもらおうと計画を立てて面倒な準備も頑張りました。
家庭でも、幸せでいられるように家事を完璧にやりこなそうと頑張りました・・・。

「いいよ!私がやるから、おいといて!」と、何でも自分でやっていました。

しかし、思うように出来ないことも多く、『こんなに頑張ってるのに・・・』『私ばっかりやってる』『気づいてもらえない』と、落ち込みイライラすることが増えてきました

わかっているのにコントロールできない感情 

イライラするのは良くないと、自分でもわかっていました。
だから、余計なことを言わないように、黙っていました。

「怒ってる?」と聞かれました。

言えば気分悪くすると思って、口を開かないでいると誰も声をかけてくれなくなりました。

職場でも口数が減り、孤立しました。
友達とも距離を置くようになり、連絡が来なくなりました。
家庭でも、夫が私の顔色を伺っていて、私が話し出すまで話をしなくなりました。

夫に八つ当たりしている自分が嫌い

無言でご飯を作り、無言で食べる食卓ほど不愉快なことはないかもしれません。
テレビを見て笑った夫にイラッとして「何が面白いの」「バカみたい」と嫌味を言い、息苦しい空気を作り出していました。

「はぁ!!!」
大きなため息で、わざと物音をたてました。不機嫌をまき散らしていました。

心の中では、こんなことをしたいんじゃないのに・・・と、後悔していました。

でも・・・イライラが止まりませんでした。

私の居場所がない・・辞めたい

終わらない仕事にうんざりしながら、私ばっかり大変な思いをしていると感じて、上司にも同僚にもイラつきました。

仕事以外の会話をしなくなり、書類の影に隠れ、デスクに埋まるように仕事をしていました。

楽しくない・・・
やりがいもない・・・
私がここにいる意味も価値もない・・・
私なんていなくていい・・・

ひとりになると、悔しさと悲しさがぐちゃぐちゃになり、感情をコントロールできない自分が情けなくなりました。

忙しいを言い訳にして逃げてる自分が情けない

友人と会うのも連絡するのも、気がのらず距離をとるようになりました。

充実してそうな友達のSNSを見ると、嫉妬や妬みのような感情が渦巻いてきて、イヤな自分ばかり見えてきました。

誰とも会いたくないと言いながらも、連絡が来ないスマホを見るとさみしくなり涙が出ました。

親の前ではやっぱり良い子でいたい

どんなときでも、親には毎日連絡をしていました。
心配をかけたくないので、大丈夫なふりを続けていました。
電話だとバレるので、メールで済むように「忙しい」「仕事ある」と嘘をついていました。

「体壊さないように頑張れ」とエールをくれる母に、私は何をしているんだ情けなくなりました。
自分の言動の全てに罪悪感がありました。

事故に遭えば楽になるかも

どんなにつらくても休むことができませんでした。
風邪くらいで休むな・・・根性論が染みついていました。

もう、全てがツラい・・・

家にも居場所がなくなった感じがして、「私なんかいなくなればいいんだ」と事故に遭う妄想ばかりしていました。

休んだら終わっちゃう・・・私はもう不要

休みたいけど休めない、休んでしまったら周りも困るだろうから。
1ヶ月ほどお腹に違和感があり響くような鈍い痛みがあることには気付いていました。


ストレスのせい
我慢すればそのうち治る
気にしてる暇なんかない


突然の激痛に襲われ救急受診した結果、腸全体が炎症を起こし、絶食の緊急入院になりました。

望んでいたとおり入院になったんです。
でも、「心配しないでゆっくり休んで」と同僚に言われると、『もう、あなたは必要ない』と突きつけられた気持ちになりました。

保健師のくせに情けない

保健師のクセして、自己管理が出来ないなんて恥ずかしい・・・。
情けない・・・。

頭の中で、責め立てる言葉が鳴り止まず、もう誰からも必要とされてないと涙が止らなくなりました。

人に頼ることに抵抗感しかない 

夫と医師が私にカウンセリングを勧めてきました。

「は?なんで?どういうこと?」

私はプライドがありました。
仕事柄、人の相談に乗る立場にいて、自分のケアは自分でするべきって思っていました。

人に弱みを見せるなんて、プロとしても失格だと考えていました。
でも・・・このままではダメだって自分でもわかっていたんです。大きな葛藤がありました。

初めてのカウンセリングで心が緩む

大きな抵抗感を持ちつつも、紹介されたカウンセラーに会いました。
優しく私の話を受け止めてくれ、初めて人前で自分の話をして人前で涙があふれました。

私はアダルトチルドレンだった

カウンセリングを受け、私はアダルトチルドレンだとわかりました。
仕事でもプライベートでも、他人には優しく話を聴くようにしていたのに、自分の心の声を聴かずに過ごしていました。

メンタルを病んだら腫れ物に触るように扱われる・・・という恐怖感がありました。
心が弱いとレッテルを貼られる不安がありました。

しかし、ちゃんとケアすれば克服できるんだとわかり、ホッとしました。

自分を苦しめていた思考の癖を知った

小さいころから言われ続けた『人に迷惑をかけてはだめ』という意味を、『人に頼ってはいけない。一人で頑張らなければならない。』と捉えていました。

親の言うとおりに生きなければ罪悪感を感じ、自分の意見を主張するのはわがままであり親不孝なことだと考えがちでした。

自分より他人を優先し自分のことは後回しにして尽くすことが上手な気配りだと思っていました。

でもどうしたらいいの?

自分がアダルトチルドレンだとわかり、思考の癖にも知れたけど、結局どうしたらいいのかがわかりません。
努力すれば克服できると期待して、色々な情報に振り回されてしまいました。

結局ダメだ・・・と、また落ち込んでました。

やっと出会えた私の心を守れる方法

あるカウンセラーとの出会いが私の心を救ってくれました。
どうにかしようともがいていた私でしたが、大切なのは心の声に気づく事でした。


どうにかしようとするのではなく、私の心の声「気づいてほしい」「わかってほしい」「私の気持ちも聞いてほしい」をそのまま受け止めることが、一番の近道でした。

心の仕組みを知ることが自分を知ることに

そして、心には目には見えない敷地があります。
その敷地との間には境界線があり、相手の課題と自分の問題を整理できると、【「私はわたし」
誰の人生でもなく、私のものでいいんだ
】と思えるようになりました。

私は、ずっと・・・親の人生を歩んできた気がしていました。
いつも人の顔色を伺っていて、いい人でいようと頑張り続けていました。

気疲れ人生から卒業

相性の良いカウンセラーとの出会いが本当に大切だと思います。

心のケアは、一人でやっても「これでいいの?」と不安になるばかりです。
不安を抱きながら取り組んでも、良い結果にはなりにくいです。
安心できる環境、それは場所だけでなく、人も重要で、この人なら安心できるという感覚が大切です。

自分のことを話すことが、苦手な私も、安心の中でサポートしてもらいながら自分の心の癖と見直しました。

これまでの後悔、罪悪感、黒い恨み辛み・・・
あのまま放置していたら、ストレスを増大させ最悪の結果になったと思います。

適切に導いてもらえたことで、その負の感情の全てを、今の私の糧にすることができました。

ストレス連鎖から抜け出し新たな出発へ

現在、私は保健師カウンセラーとして、アダルトチルドレン・過干渉育ちの苦しいお悩みを抱えている方をサポートしています。
自分らしく生きられるよう、これまでの私の豊富な経験と知識を活かしたストレス連鎖フリーメソッドを考案し提供しています。

「私はわたし。」
親は親、夫は夫・・・それぞれの心を大切に扱うことで、私自身のストレス連鎖を断ち切ることができました。

自分らしさを発揮できて私も周りも幸せになっている!

<夫と本当のパートナーになれた>

私のストレスが、夫の心を乱し、居心地の悪い家庭となっていました。
「私ばっかり」
「私が大変なのに」
家族なんだから、夫なんだから私のことをわかってくれるのが当たり前だという決めつけ癖が、わかってもらえないとイライラとして爆発していました。

夫にも気持ちがあります。
私とは違うものがあります。
それぞれ違って当たり前なんだという本質がわかり、上手な線引きとコミュニケーションがとれるようになって、お互いの気持ちをより素直に交わし笑顔で過ごせる家庭になりました。

<親との関係もほどよい距離に>

母と私は、共依存関係にありました。
「私が頑張らなきゃ」という鎖がほどけたことで、私の関わり方が変わりました。
お互い干渉しすぎて疲弊していたのが、今は「母なら大丈夫」と信じる気持ちが育ち、私にとって安心できる距離感でいられるようになりました。

<心地良く安心できる友達関係>

友達は大切にしなきゃと思いながら、自分ばっかり連絡することにモヤモヤしていました。
みんなに好かれたくて、友達なのに気を使い、会ったとはぐったり疲れていました。
今は、私がどうしたいかを大切にして行動することで、親友とも心地良くお互いを大切に思う気持ちが通じ合えるようになりました。

<仕事で協力関係が上手に築ける>

以前の私は、『こんなこと言ったら・・・イヤな思いをさせるのではないか』と、相手の様子を探って気疲れしていましたが、今では、手伝ってほしいことは、上手にSOSを出せるようになりました。断ることも上手に出来るようになりました。

新しい仕事や出会う人たちとも、意見を交わしながら、我慢しすぎることなく自分の思いを上手に伝えることで良い関係を築けるようになりました。


小さなストレスに気づき、正しい自己ケアができるようになると、人生の充実感が変わります。
おだやかに自分らしさを取り戻せるように、「対話」「傾聴」を大切にし、あなたの心の声に寄り添いながら100%味方となって、サポートさせていただいています。


ここまで読んでくださりありがとうございます。
お悩みを抱えておりましたら、ぜひこちらからご予約くださいね。一緒に解決の道を探していきましょう。

~保健師カウンセラーみらくの経歴~
高校卒業後、短大を経て看護学校に進学。
看護師となり、病棟看護師として三年間勤務。
保健師専門学校に進学後、就職氷河期にて就職できずに病棟看護師に戻り勤務。
2006年に求人が増え、町役場の保健師として就職し丸16年フルタイムで勤務し2022年3月退職。

2022年 4月 開業保健師として起業~心と体の健康支援をしたい想いで起業

2022年11月 心理スキルの大切さを学び直し心理カウンセラーとしての一歩を踏み出す

2023年 1月 【保健師カウンセラーみらく】として活動開始
保健師&心理カウンセラーのスキルを融合させ心とカラダの両面から優しく整えてケアする【ストレス連鎖フリーメソッド】を考案

現在、15才から85才までのクライアント様と、まずは自分が幸せを感じること、そして自分の大切な人にも幸せを連鎖させていく心と体のケアを一緒に行っています。


みらくカウンセリングルームで人生を好転させたお客様の声をご紹介いたします。→詳しくはこちら お客様の声 | みらくカウンセリングルーム 【全国オンライン対応】

40代 女性 会社員
【仕事のストレスを抱え、家族との関わり方に悩みを抱えていました】

丁寧に気持ちをほぐしていき、気づきがたくさん!!

母親と会話がスムーズにできず、こんな自分はダメだと思ってつらかったです。ひとつひとつ気持ちを整理でき、なるほどと思うことがたくさんありました。最初のときより大分変化があると自分でも感じて、無意識のうちにカウンセリングの効果が出てきているようです。

<保健師カウンセラーみらくからのコメント>
お試しカウンセリングで初めてお会いしたときは、たくさん自分責めをされていましたね。
職場でのモヤモヤすること、家庭でのイライラすること、すこしづつ整理して、気持ちにも変化があり笑顔が増えていると感じています(*^_^*)
自分の中のストレス連鎖が断ち切れると、親との関係も楽になっていきますね。

30代 男性 教員
【自分がアスペルガー気質が強いと感じている。どうしてわからないんだ?と他人のやり方にイライラしてた。】

自分の考えでしか考えられていなかったことに気づいて、他の人の価値観を意識できるようになった

職場で他の教員の仕事への取り組み方が許せないと思うことがあり相談に来ました。
自分の考えを言葉にすることで冷静に考えることができ、怒りが鎮まってきました。ココロの仕組みの図解はとてもわかりやすく、あらゆる場面で活用できると思います。

<保健師カウンセラーみらくからのコメント>
真面目にがんばっているぶん、他人の不真面目さが許せないって気持ち、とても理解できました。
職場で巻き起こるストレスの連鎖が、より悩みを大きくしていたなぁと思いました。
同じ職種であっても、人それぞれの大切にしていることの違いがありますね。
ご自身の気質も自覚されながら、相談に来られたのはとても素晴らしい行動だと感じました。
ぜひ、こころの仕組みの図解を活用してみてくださいね!

30代 女性 妊婦
【過干渉育ちの自分が子どもを産むことが怖くなってきました】

子どもと一緒に幸せになることが楽しみになった

出産が近づくにつれて、親になることへの不安がどんどん募ってきて、出産前に相談したくなりました。
自分に自信が無かったのですが、すごく気持ちが楽になり、子育ても楽しみになってきました
親が色々口だしをしそうですが、その対処もできそうです。自信と勇気をもらえました

<保健師カウンセラーみらくからのコメント>
不安がたくさんありましたね。
出産前で特に感情が揺れていたのだと思います。ここまでお腹の子を守ってこられたのはすごいことです。ご自身が親に与えられたストレスがお子さんに連鎖しないように、出産後も、またゆっくりお話しましょうね。応援しています(*^_^*)

20代 女性 会社員
【親が毒親で、なんでも干渉してきて何のために生きているのか、辛すぎでどうしていいかわかりませんでした】

自分の気持ちを優先することができるようになりました

ホームページをみて、このカウンセラーならわかってくれると思って申込みしました。
ずっと苦しくて、でも人前で泣けなくてひっそりとトイレで泣いていました。弟ばかり大事にされて私はいつも我慢していました。家を出て彼と暮らす中でも親はズカズカと私に干渉してきて、本当にイヤで苦しかったです。断れば親は感情的になってひどいので、従うしかないと思いずっと我慢でした。カウンセリングで感情を出しても大丈夫だと安心できて、色々割り切る気持ちも持てるようになりました。

<保健師カウンセラーみらくからのコメント>
本当に、ほんとうにお辛かったですよね。
大人になった今、同居している彼と幸せになってほしいと思います。親は親。あなたはあなたの人生がある。イヤな時は一定の距離を保って断っても、あなたは生きていく力がありますからね。
たくさんイヤな思いをしただけ、断ち切るストレスはたくさんありますが、出来ることから一緒にやっていきましょう。

40代 女性 看護師
【親のために頑張ってきたこれまでの人生がなんだったのか、これからどうなるか不安で行動できない】
自分のためにやってみようと思えるようになった

親が離婚し妹を養うため、母親のために看護師になりました。自分に合わない病院でも頑張らなきゃと思ってやってきました。私がどんなに頑張っても母は散財していて、この先もずっとこんな生活が続くのかと不安でした。お話をしながら、自分のために行動していいんだってわかりました。親のためにすること、自分のためにすることが罪悪感なく選ぶことができるようになった気がします。

<保健師カウンセラーみらくからのコメント>
お母様のために頑張ってこられた人生このままじゃダメと言う気持ちと、親を裏切るのではないかというせめぎ合いがありましたね。親子のストレス連鎖が巻き起こっていました。
あなたが幸せになることがお母様を助けることにもなるし、お母様には生きていく力はあなた以上にあるかもしれない。様々な視点でお母様との関係を見直しできましたね。
これからも、一緒に幸せになりましょうね。

まだまだ、多くの声をいただいていますが
一部をご紹介させていただきました。

あなたも、楽しく幸せで穏やかな自分の人生を取り戻しませんか?
出会ったときがチャンスですので、お早めにお申し込みくださいね。